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書誌データ

小説・エッセイ
葦書房
1983年 05月 発売
199P
9784751200131

反語の終焉

5

レビュアーとして本サイトの中核的存在であるあめん坊さんが、曽野綾子のエッセイ集『自分の財産』について書かれた優れたレポの中で曽野の評言を引き、「言葉をそのままにしか受け取れない人が増えていると感じる」と述べておられる。詳しくは当のレポに当たられたいが、私もこれには同感である。

もっとも、これは昨日今日に始まった話ではない。たとえばこんなことがあった。もうかれこれ二十年前、当時天才子役と騒がれた少女が主演したあるテレビドラマが人気を集めたことがある。複雑な家庭環境に生まれた少女が過酷な運命を生き抜いていく姿を描いたこのドラマ、特に話題を呼んだのは「同情するなら金をくれ」という主人公の劇中の台詞だった。

その当時、ある新聞にこの台詞を批判する記事だかコラムだかが載ったのだが、その論旨が噴飯ものだった。同情よりもカネのほうがいいという主人公の発想が、拝金主義的な現代の世相を表していて不快だというのだ。これには呆れた。今日に至るまでこのドラマを観ていない私だが、この台詞の真意がそんなところにないことくらい分かる。

主人公は金銭が人情より貴いと言っているのではない。他人に同情するだけなら自分の懐は痛まず、しかも当人はいい気分になれる。世に憚るその種の偽善者を逆説的に嘲っているのだ。本当に同情してるなら身銭を切ってみな、どうせ出来はしないだろ、そう言っているのである。すなわちこの台詞は一種の反語なのだが、仮にも新聞に文章を載せている御仁が、これほどあからさまな含意を理解できないとは世も末である。

捻りを加えた表現を理解できず、文脈を無視して部分的な正邪に固執する。こうしたストレートな感性の蔓延を、渡辺京二は1983年に刊行されたこのエセー集ですでに指摘している。逆説と反語にかけては当代一流の使い手である渡辺の眼が逸早くそれを捉えたのは、当然といえば当然であったろうが。

渡辺は某大手予備校で長く講師を務めていたために、大学受験を控えた少年少女たちの文章に直接触れる機会を豊富に持っていた。そんな彼らの「論文」に示されていたのは、およそ行間を読むということを知らず、語句を字義そのままに受け取って、信じられないほど直截な反応を示す思考だったのである。

本書所収の、その題名もまさに『反語の終焉』というエセーのなかで、渡辺はこんな体験を記している。件の予備校の模擬試験に、熊本出身の詩人である高木護の文章が出題された。高木は、日雇い労働など様々な職を転々としつつ、時に九州の山野を放浪しながら、いわばアウトサイダーの立場から詩や文章を綴ってきた人物で、その文章には「人のためになるな」「世の中の役に立つな」といった類の言葉が頻出する。

これを読んだ高校生たちの反応は、あたかも判で押したかのように一様だったという。彼らはこの言葉を字義通りの退嬰的な自己本位主義、要はエゴイズムの表明だと受け取り、高木を激しく批判していたのである。

説明するまでもないだろうが、高木の真意はあくまで効率と競争一辺倒の現代文明を批判するところにある。つまりこの過激な言辞は反語であって、現代社会の価値観にどっぷりと浸かった人々を揺さぶるための、いわば一種のショック療法なのだが、受験生たちには高木の意図は全く通じなかったわけである。

それは件の高校生たちが無知だからではない。効率至上主義の現代文明に対する批判自体は、既に新聞やテレビでもおなじみの陳腐な思想であって、彼らも朝日や毎日の社説の論旨を丸暗記しているはずだからである。

つまり彼らは高木の思想が理解できないのではなく、反語や逆説という表現のスタイルが分からないのであって、その原因は物事を文脈的・構造的に把握することができず、部分的な真偽或いは是非に固執する、彼らの恐ろしくストレートな感性にあったのである。

むろん、この小話を評するには一定の留保が必要である。名称だけなら同じ高校生とは言い条、かつて第五高等学校に学んだ渡辺と、現代の受験秀才たちとを同列に置くのは確かに酷であろう。だがこの問題の本質は、今時の若者の学力云々などというところにはない。なぜなら、彼らの余りにといえば余りに直截な感性は、冒頭の挿話が示すように、それ自体が現代文明の所産だからである。

「人間は実は戦争が好きなのではないか」「民主政治とは、畢竟衆愚政治にほかならないのではないか」。ひとたびこんな言葉を口にすれば、「いつか来た道」だの「ファシスト」だのといった紋切り型の批判の集中砲火を浴びる。それが戦後日本の論壇であった。かかる言辞を弄するものは血に飢えた好戦思想の持ち主か、自由や平等の意義を理解しない貴族主義者だというわけである。

「自由」「平等」「人権」といったキー・タームで人々の感性を一様に均し、それに反する思考の存在を許さない。それが近代文明の言語空間である。反語や逆説を理解しない平板な感性はここに源を発するのであって、若者たちはそれを忠実に反映していたに過ぎなかったのである。

このように、本書には日常の些事から近代文明への根本的な違和感を汲み上げる、渡辺一流のエセーが数多く収められている。近代文明の擁護者は言うだろう。曰く、ならば過去に戻れというのか。近代文明の成果を否定するのか。過去を振り返ることからは何も生まれない。守るべき伝統は守り、変えるべきところは変えていくべきだ、云々。だが皮肉なことに、こうした金太郎飴のごとき画一的な反応こそが、渡辺の批判の正しさを裏書きしているのである。

渡辺は、本書中の白眉というべき美しい小文『蕩児の帰郷』で述べている。近代を克服する途は過去への回帰にではなく、近代を踏み通すところにしかありえないと。我々「先進国」の住民がなすべきこと、それはこの便利で豊かな文明の成果を否定することなく、だがより素朴で、人と人との親和感と生の手応えとを感じられる世界を作り上げることだ。それこそが、半世紀以上にわたって積み上げられた渡辺の思想を貫流する、彼の「夢」であった。
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引用文
「蕩児はどのようにして家へ帰りうるのか。帰る途はどこにあるのか。家へ帰って親を慰めるそのこと自体はいいとしても、それが果たして真の帰路でありうるのか。(中略)来た途をそのまま逆に戻っても、その先に故郷はない。糸車を回す母への<裏切り>は、その<裏切り>を踏みとおすことによってしか、償えはしないのだ。迂路を通らなくては、家に帰れはしない。そのようなけわしい迂路として、君はいまの境涯を選んだのではなかったか。(『蕩児の帰郷』より)」  (59P)
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このブクレポへコメント

まーちさんがこのブクレポにコメントしました

まーち
まーちさん2012-09-09 20:23:08

間違っているかもしれませんが、「言葉をそのままにしか受け取れない」というのは、日本語的な発想力が減ってきたのかなぁと思います。車に「赤ちゃんがのってます」などのステッカーをよく見かけますが、外国人が見ると、「だから、なんなの?」と感じるらしいです。日本語って、ものすごく沢山の意味をこめられる言葉なのだと思いました。

3ki
3kiさん2012-09-09 20:37:23

すいません、わたしあのステッカー見ると「気をつけるのはお前だろ」と思ってしまいます。「だから安全運転に努めてます」と書いておくならいいんだけど。
こちらにはなからぶつけるつもりはないのだから、「あんたの運転怖いのよ」といわれているようで、ちょっと不快なんだよなあ。

まーち
まーちさん2012-09-09 20:46:16

たしかに、あのステッカーを付けた車が、ものすごいスピードで走っていたりすると、イラッときますね。本来の意味を理解している人のみ、付けてほしいです。

ランピアン
ランピアンさん2012-09-09 21:22:50

お二人の意見に同感です。

まーち
まーちさん2012-09-13 17:19:25

そういう意味があったとは知りませんでした。でも、貼っている人たち、知っているのでしょうかねぇ。

3ki
3kiさん2012-09-13 22:24:15

>>うみこさん
そういう意味なのかー。勉強になりました。

ランピアン
ランピアンさん2012-09-13 22:38:20

私もです。

いざわひ
いざわひさん2012-09-15 00:06:13

あと、私は、ほら、ときどき車間距離をとらないヒトがいるじゃないですか。
もう、びたっっとくっついて運転するヒト。
そういうヒトに「赤ちゃんが乗っているから、少し車間距離を空けよう」って思わせるための表示の意味もあるのかなって思っていました(^^;)

ランピアン
ランピアンさん2012-09-15 00:10:15

たしかに。そうも思ってました。

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