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書誌データ

人文・社会
日本評論社
2012年 09月 発売
221P
9784535563094

内容紹介

なぜ、障害をもつ人たちがホームレスになってしまうのか?生活保護は有効な支援か?仕事がないのは「自己責任」か?障害児教育に問題はないのか?―どのような人も排除しない、インクルーシブな教育と地域社会のあり方を探る。

目次

第1章 切れた社会的絆/第2章 社会自立に向けた教育/第3章 それでも彼らはホームレスになった/第4章 川崎市のホームレスと支援の道のり/第5章 インクルージョンを目指す教会/第6章 教会で生きる仲間たち/第7章 インクルーシブな社会を目指して

己の心に問うてみる

5

早朝の出勤時間。勤務先への道すがらホームレスを見掛ける
ことが多々ある。飲食店から出されたゴミ箱を漁っていたり、
自動販売機の横に置かれた空き缶入れを漁っていたりする。

「朝から見たくないわよ。本当、迷惑。ホームレスなんて自業自得
じゃない」

同じ職場で働くスタッフが言ったことがある。確かに彼らの風体は
気持ちのいいものではないけれど、別に危害を加える訳でなし、
ゴミ箱をごそごそしているのは生きる為。それなのに、どうして
そこまで一方的に嫌悪することが出来るのだろうかと思った。

あれは夏だった。子供の頃、1杯の水を求めて我が家の玄関先に
立ったホームレス(あの頃はこんな言葉はなかった)がいた。
言葉が話せなかったのか、身振りで水が欲しいと訴えかける。

慌てて家のなかにいた祖母の元へ走った。彼に対応する祖母の
姿を、恐る恐る覗いていた。一度、台所へ引っ込んだ祖母は手早く
いくつかのおにぎりを作り、プラスチックのコップに水をなみなみと
注いで彼に渡した。

何度も頭を下げて、よろよろと去って行く彼の後姿が見えなくなる
まで祖母は玄関先に立っていた。「いいかい。怖がっちゃいけない
よ。ああいう人も、生きているんだからね」。

祖母は上野の地下道にいた傷痍軍人にも何のためらいもなく
接した。「あの人たち国の為と言われて、ああいう体で帰って
来たのだから」と言って。

この祖母の姿を見て来たのもあるが、私は職場の同僚のような
一方的な嫌悪感を抱くことはない。それでも偏見がまったくない
訳ではない。

路上で生活するいわゆるホームレスのうち、少なくない人が障害を
抱えていると言う。何故、そのような人たちが路上で生活せねば
ならなくなったのか。彼らに必要な支援とは何かを綴ったのが
本書である。

著者は教師から牧師へ転身し、神奈川県川崎市の教会で長年に
渡りホームレスの支援を行って来た。教師時代には特殊学級の
担任、盲学校の校長、養護学校の立ち上げを経て同学校の校長
を務めて来た人だけに、障害者支援の在り方に対する考え方も
かなり具体的だ。

差別と偏見。それが排除へと繋がって行く。養護学校開校の日の、
地域住民の反対行動。ホームレス支援を始めた教会への抗議
なども赤裸々に記されている。

障害者だとか、健常者だとか、在日外国人だとかいう前に、みんな
同じ人間である。このことを忘れてはいけない。同じ命のあるもの
なのだ。

実際に障害を抱える人が、どのようにしてホームレスになったのか
の実例もある、全ての人に開かれているべき教会が弱者に対して
閉ざされているのではないかとの教会批判は痛烈だ。

必要なのは同情ではない。共に生きていくと言う考えなんだな。
そこで己の心に問うてみる。偏見をもって見ていないか?人を
見下していないか?

読了後、自問自答が残った。
+5あり! +3あり! +1あり!
【 読了日: 】
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