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書誌データ

人文・社会
中央公論社
1991年 06月 発売
235P
9784124028201

義満の大望

4

マンガ日本の歴史第20巻 中世篇8「足利義満、「日本国王」となる」


足利氏の幕府を「室町幕府」というのは、三代将軍義満が京の室町に「室町第(むろまちてい)」という邸宅をつくったことが由来だという。

義満という人物は、たいへんな野望というか大望を抱いた人だったというのがこのマンガを読むとよくわかる。

若い(というか幼い)時分に将軍となったため、管領の庇護を受けていたが、<康暦(こうりゃく)の政変>で管領職が細川氏から斯波(しば)氏に変わった頃から次第にその専制ぶりを発揮しだす。

土岐・山名といった有力守護たちを分散・解体せしめ、反義満勢力の雄であった大内(義弘)も排除(<応永の乱>)。さらに衰退気味の南朝に平等と思える条件で和解を申し出(<御合体>)ながら、その条件は一切反故。自身は人臣最高の地位である太政大臣に任じられるが、その翌年にはそれを辞し、出家するもその野望は衰えを知らない。本来天皇含め御所で行われるべき人事や行事も室町第で行うようにするなど、内外に足利義満こそが「日本国王」だと印象づける、そして名実ともにそうであるような施策を次々に行っていく。

このマンガでは、中国に新しく誕生した明王朝が、使節を遣わしたのが九州の太宰府にあった征西府(せいせいふ)であり(室町政権の力はまだ九州には十分行き渡っていなかった)、そこの懐良親王(かねよし―)を「日本国王」に冊封(さくほう)してしまった。

それは間違いと義満が明王朝に使者を出すも、足利政権は天皇の一臣下にすぎないと判断され、義満を「日本国王」と認定しなかったため、いつかは「日本国王」に! という野望の実現に鋭意努力を重ねた(というかムチャを通してきた)、ということであるようだ。

さらに北山第も造営し、幕府政庁はそちらに移し、義満の格は上皇に准じるほどになる。

加えて後小松天皇の生母の逝去に伴い、自身の正室である康子を准母とし、自らは准父、いわば上皇、院にまでなってしまった。

1408年、息子の義嗣(よしつぐ)の元服式を内裏で執り行うという前代未聞の壮挙(暴挙)により絶頂に達した直後、義満は病にたおれ、あっけなくあの世へと旅立ってしまう。


まぁ、なんとも凄まじい生き方だ。

観阿弥・世阿弥の能が興隆し、鹿苑寺金閣含め北山文化が花開いた時代の将軍、という知識しかなかったので、義満さんて、こんな人だったの!? というビックリでいっぱいだった。


義満の後は義持が将軍となり、義満のやりすぎ政治を少しずつ巻き戻していったようである。

一方、この頃、現在の沖縄に琉球王国が誕生し、明や日本・朝鮮の仲介をしながら栄えていった。

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